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2月26日

传闻

 
 
  许多年前,李娜出家传言初起,我就相信是真的,因为在她的歌里能听出来。反倒是去年变成大师的她再出的唱经专辑,感觉一般。
 
  陈晓旭出家是今天,或者说2007年度对我而言第一条“新闻”。自从二十年再回首以来,虽然知道了她二十年来克服以及成就了什么,但是更担心她的将来。十八岁以后那三年,是她的命,“天上掉下个林妹妹”,却带走了一个陈晓旭。哪怕二十年商海沉浮,好像也没有让她更“烟火”。
 
  后来,2004年,偶然入手的一张某寺大法会录像上,我看到一个淄衣晓旭,与众居士依次礼佛。后退再三,从第一眼到最后一眼,那都是她。
 
  所以,今天无论如何按耐不住,心里希望那是她,心里觉得那是她的救赎。
 
  绛珠甘露之债已偿,晓旭尘缘可了,该回到天上去了。
 
 
2月16日

摘抄

1   《ON THE ROAD》 Jack Kerouac 1951
 
2   the Beat Generation
 
     以上,晚了整整十年出现在我面前,想了很久,觉得是天意。
偶然来到我手里,偶然没有被我抛弃的过期杂志,偶然唤起了十年前偶然的记忆。
感谢上天。
 
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----一个人孤独的时候,凝视着魔力光线下的浓云的天空、密实的树木枝干,一切会非常难。不能与另外一个人一同欣赏绮丽的风景,感受那种喜悦,是一种折磨。这就是我开始摄影的原因。我想以某种方式让那些热情或者痛苦的时刻变成永恒。
 
---- 也许是感伤的,也许只为一口食粮,道路上就画下杂乱的线条。
 
----道路显示一个人寻找给养的过程,道路图解那些无法安宁的灵魂。身体就是包裹灵魂的皮囊,载着它从一处到另一处,不注意自己皮囊的人永远也到不了他旅途的尽头。但是人类的旅途永远在继续。
 
----我们走过的路就像地球上面的刮痕,在内心我们有其他的道路,悲伤的路,快乐的路,爱的路,思想的路,逃避的路。有时候从仇恨中冒出来的路,摧毁我们的路,无望的路,没有终点的路,如同停滞的河流。
 
----道路坦白了人从何处逃离,他又将去往哪里。道路是生命,道路是人。再小的路也流过存在的纸页,有时没有定数,有时却是胜利。
 
THE ROAD IS LIFE……
 
2月13日

2月13日

  情人节前日。逗留深圳倒数第三天。年廿六。
  从来也没过过情人节,无所谓。本来想参观日本的巧克力盛况,风闻一下札大最受欢迎人士,结果回来了。真有些遗憾。
  很多年没在深圳住超过4天了。这次是十天,可以慢慢体会的家人的感觉,有过不适,有过烦恼,而家人始终是家人。我得到的,和我该做的。
  廿六,年前准备应该方才拉开序幕,我家因为孩子们即将离去,许多事情已近尾声。以前狠心在广州不闻不问,新年伊始才来问候,而今要在笙歌四起之时,将父母抛诸身后,心中方知不忍。妈妈说膝下寂寞,我只好背过头去。
 
  在家里过上安稳规律的生活,过上有伴的生活,思绪变得零乱。想要整理,千头万绪倒不如放进冰箱来年再看。于是,天天浑沌着,装作清明。今天偶然点击“退出编辑模式”,看到尚停留在首页的那些笔记,想起那些已渐模糊的记忆,不禁为自己感动。
  还是写吧,随便写点。
 
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 バレンタイン前日。深セン滞在は後二日。旧暦二六日。
 バレンタインなんかお祝いしたことがないので、別に何もないが、もともと今年こそ日本のチョコ大戦を見物したかったの、ちなみに札大の最人気人物噂も現地で聞きたかったの。でも、帰っちゃった。
 深センは実家なのに、四日間以上滞在するのは何年ぶりのこと。十日間、ゆっくりと家族の雰囲気の味わい、悩んだり落ち込んだりもしたが、家族はいつでも家族、変わらないもの。いっぱいいっぱいもらった、いっぱいいっぱいやるべき。
 二六日、ふつうお正月準備が始まるところなんだが、この家に子供たちがもうすぐ出て、家族バラバラになるので、すでに終わる寸前。前は、隣の広州に隠れて、知らないないふりもして、一日にさえ挨拶にくるだけ、二三日泊めるのだった。だが、今年、あちこちも御節の香りや正月歌が漂って、町々にもお正月花かわいく咲きあふれている、二八日のメデタイ日にたつのは、いかなるつらいこと。ハハは子供の姿が見えないうちはものさびしいとおっしゃった、私は背を向けた。
 
 家で安らかな暮らしができた。ところが、思いがキレギレになっちゃって、書こうともしばらくほっといたら、と思った。ぼやけている毎日なのに、ハキハキしている。ただいまも、無意識にホームページを開けたのだった。半月前からの記録を読みながら、もう薄く消えていることがまた浮かんでき、すこし感動した。
 やはり、書こう。適当に書こう。
 
 
2月10日

感動&不明

 

キミがいれば

作詞/高柳恋 作曲・編曲/大野克夫 唄/伊織



うつむくその背中に
痛い雨がつき刺さる
祈る想いで見ていた

この世にもしも傘が
たったひとつだとしても
捜してキミに渡すよ

なにも出来ないけどキミの代わり
濡れるくらいわけもないさ

お願い その悩みを
どうか私に打ち明けて







必ず朝は来るさ
終わらない雨もないね
だから自分を信じて

月と太陽なら私は月
キミがいれば輝けるよ

ひとりで背負わないで
気づいて私がいること

もうすぐその心に
きれいな虹が架かるから

 

 

感動:この世にもしも傘がたったひとつだとしても、探してキミに渡すよ
不明:なにもできないけどキミのかわり 濡れるくらいわけもないさ
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 居場所があまりにも変わって、時にはPCD06を返却するときサッポロで曲を入れておいた変わらないプレーヤーによって、心のバランスをとっている。突然彩りの南方に帰って、まさか幻のように、信じられないときもある。それで、デジカメを出してとってみたら、あまりまぶしいひさしで、画面がぼやけてちょっと退色した気がする。やはり夢なのかと唸りながら、続けて進む。
 
 すると、「変わる&変わらぬ」二言がずっと頭を占めて、
 町が変わらぬ;町の人間が変わらぬ;町の生活が変わらぬ;規則が変わらぬ;家族も友達も変わらぬ;心が変わらぬ;…
 居場所が変わる;人が変わる;天気が変わる;植物が変わる;言葉が変わる;メディアが変わる;目が変わる;…
 
 これを永久のタイトルとして更新していきたいとも想った。いったい変わったのはこの私か、世界か。どっちでもなければ、この違和感はどこからきた。
 知りたいの。
 
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  开头是一首歌词,感动过也疑惑着的歌词。感动的是“如果这世上只有一把雨伞,我也要四处寻找交到你的手上”(其实找的是伞还是人呢?),疑惑的是下一句歌词,不明白也就无从翻译:“我什么也做不了,但是总不会替你淋着”?
 
  这个寒假,短短一个星期之内,辗转了若干地方,如今身在所谓南大门之一--深圳。土地在脚下飞走,人漂浮其上,有时只能靠MP3里离开札幌前装入的歌、那些不变的曲目来维持内心的平衡。突然又回到多彩的南方,像做梦一样,那么不真实。拿出相机拍下来,不想因为阳光耀眼,画面总会有些失色。原来到底还是梦啊!嘴里叨念着,走来又走去。
 
  于是,“变&没变”两个词始终在脑海里挥之不去。
  城市没变;城市里的人没变;城市生活没变;秩序规则没变;家人朋友没变;心没变;……
  土地变了;周围的人更替变化;天气变了;植物变了;方言变了;媒体变了;视线变了;……
 
  甚至想把这个题目设成留言贴,一直与大家讨论更新下去。我只是想知道,到底是世界变了还是我变了,如果都没变,那么这些异样的感觉从何而来。
  想知道。
 
2月7日

三日目

 一人暮らしになれたせいか、どうしても一人でいたい時がある。
 
 今晩も一人散歩に出た。どうしても解けない誤解が親愛なる家族の間にますますひどくなっているのを見ながら、なんでも頼まれ、なにもできなく、あせるより絶望。散歩から帰るとき、近くの公園で子供たちが火を遊んでる。なぜか、ずっと前から火の匂いが好きで、ホノオも、木の枝が割れている音も、火に関するすべても、その徹底的な破壊力までも、すごく惹かれている。私の体に潜んである強い破壊欲。
 
 火にひっかかって、真っ暗な公園に足を踏んだ。緩やかな坂を歩いて、硫黄の匂いを嗅ぎ、振り向けば家のマンションが向こうに立って、家々の灯りが光っている。そうか、ここから家を眺めることができるのか。なぜか遠いかなたにある光のように。
 
 エンディングは座って真っ暗な芝生でお酒を開けた。深センのそらはほんとうに頭を上げても何もない、星いくつかか弱く閃いてるだけ。
 
曲は『mcdull』
 
爸爸带我去食叉饭食卤味
爸爸带我去"席爹席猪头肉"* (潮洲话)
爸爸带我去食次饭
然后带我去食牛治
仲叫了两个蛋挞

爸爸带我过大海食葡萄国鸡
爸爸带我远赴香禺食乳鸽
爸爸与我看着海浪
与我一起对浪小便
爸爸突然对我话

佢话唔係要係咁 不过就 不过就
不过就会总係咁
嗰啲嘢 过去就
经已没有嗰家嘢
经已没法不分开
你以后全部靠自己
一个人小便

爸爸带我去食拉面食咖喱
爸爸带我去食叉濑食炖奶
爸爸带我去小便
仲要教我怎样小便
如何靠自己拉链

佢话唔愿变成咁 不过就 不过就
不过就会总係咁
嗰啲嘢 过去就
经已没有嗰家嘢喇
所以没法不离开
以后全部靠自己
一个人小便

爸爸带我去带我去食叉饭食卤味
爸爸带我去 "席爹席猪头肉"
爸爸带我去小便
仲教我要怎样小便
如何咪滴湿笪地
爸爸带我去小便
仲教我要怎样小便
如何咪滴湿笪地

ただいま聞き直したら、また新たな雰囲気を匂った。変わること&変わらぬこと。

 

 

モンク

 今日は28度だって。札幌の真夏ぐらい、ほとんど着えるものがない。また買うか、もうお金ないもん。
 
 説教し続ける毎日、しかも、誰も反省してない、実に疲れた。また聞きたくなるの、一体わからないのは私のほうか、みんなのほうか。私なら、なんで文句ばかり言われて、みんなのほうなら、なぜそんなに説明した後、また最初の惑いに戻っているの?原典ははっきり覚えてないが、「執着心」をすこしほっとけば?人それぞれだけど、誰も悪くはないのよ。素直に愛せば、必ずいつか微笑んでくれる日が来るだろう。

 日本語を急速に忘れかけている。もしかして、ゆったりとした家庭生活が頭を鈍くさせるせいか。毎日も広東涼茶を飲んでいて、火を下げているけど…

 CONANのエンディングが変えた。麻衣の『白い雪』、ちょっと札幌風 

オレンジ色、灯した部屋の窓

家族の笑いが 聞こえる

公園通り 帰り道 幸せにすると誓った

白い雪 まだここに記憶の棘 哀しみが抜けないの 今もずっと

白い雪 覚えてる あの約束

吐く息ごとに あなたを想う 

あなたを想う。

 

2月6日

深圳凉茶记

  上午,例行被困两小时后,像个孕妇一样,例行下楼散步。吃了两口难吃的拉肠,喝粥碰壁,更像孕妇行程般走向小公园。唉,闲人,有什么办法呢?
 
  公园果真跟小区其它地方不一样,热闹非凡,尽是不知世事烦忧的小孩和不再理会世事烦忧的老人。那样看着,会觉得自己可怜。
 
  鼻塞得真的很难受,于是起身去附近的凉茶店;
 
--感冒茶啊,唔该。
--风寒还是风热?
--……
--那你的症状呢?
--(我是来看病的吗?)就是鼻塞……
--咽痛不痛?
--昨天痛过,就是鼻塞、头晕呗。
--那你喝这种吧(/风热感冒茶)。
--哦
(端上来,黑乎乎一满杯。)
--苦吧。
--你要一口气喝完,一天两杯,要喝两到三天。(被无视了……)
--(把鼻子眼睛统统皱起,喝得眼湿湿)多少钱啊?
--4块。你是打包还是再来?
--…… 我、再来吧。
(被送出门)
--下午再来噢
 
  带着物理上稍微清醒、实际上又有些糊涂的脑袋,抱着我的小本,晃晃悠悠该回家了。上午11点40分。
 
2月5日

メチャメチャ

 
 やっと原点の深センに戻ってきた。空気が広州より潤い、街が広州よりはっきりしているこの街には、なぜかメチャメチャという言葉を思い出したんだ。
 
 ただいま、書斎にこもって、外出もできず、出前も呼べない。何をしてもいいところなのに、何をどうすればいいかわからない。
 
 昨日の旅は大変でした。零時までに着かせてくれたのはやはり神様を感謝すべきかもしれぬが、なぜ、広州から深センへの道だけこうならなきゃいけないの?私を試してみたいの?
 
 2006年一年筆まめで生きてきたせいか、札幌をたってから、飛行機や汽車で一刻も筆を離れたことがなく、書く、書く、その瞬間の気持ちを忘れることを恐れているように、いつも降りるまで夢中に書き続けていた。ただいま、実家の窓からの日差しを浴びながら、パソコンに入力するかを考えたら、しないと。もう今の気持ちじゃないから。文字って心の写し、誰のためでもなく、書きたいので書き残したにすぎない。読者やコメントなんか本当に気にしてない。
 
 久しぶりに娘役、姉役YANMINに戻った。頑張るほかはならないわ。
 いったい、私は何人?
 
2月2日

怀旧一日游

 
  因为久违地boke了一次,把行李箱忘在了大巴里,今天去空港快线车队即旧机场游历了一番。顺便,广外周边怀旧。
 
  先去白云分局,看到西门往北一路都变成了门面,绝大多数是餐厅。广外周边果然仍然是饮食天堂,蒸蒸日上啊!
 
  然后去旧机场,居然连入口都被封了。出租车重新掉头,才从南航小区入口绕了进去。因为接线员说车队在候机厅,司机惯性地就冲入车道,看到冷落的门庭,茅草丛生的昔日热带草坪,垃圾、破旧栏杆、路标、一把一把大铁锁,是白云机场今日场景。再打电话,说在国际出发厅一侧,于是沿着玻璃门走过来,国内国外之间有个破旧的铁门,走进去探探头,停着一辆面包车,半个人影全无,一栋三四层小破楼上面几个破落的红字,也不知道是漆红还是锈红,写着“机场宾馆”。你知道机场宾馆有这个么候机厅中间的分馆吗?
 
  从机场出来,沿北野言下热闹的新市回到的小屋。那些桌椅板凳瓶瓶罐罐,安然呆在原位,带着厚厚的灰尘味。费老劲把琴盒从柜顶抬下来,弥补一年前犯下的过错:1)松弦 2)取出调音器内的电池。弦倒是还有救,调音器则已被电池水化得一塌糊涂。看惯了我的おきく,看这台筝有些不习惯,也有些惨然。
 
  去祥景看阿霞和她的孩子,新妈妈脸圆圆的,新宝宝眼睛圆圆的,都瞪着我看。年前的祥景果然热闹非凡,每次见到阿霞总能感觉到平凡朴实的安详和幸福。
 
  终于,在保安惊诧的眼神中拉着行李箱离开了。他已经说不认识我了,而我还认识他。
  车路过东方乐园,昔日摩天轮临空而立的位置,现在矗立着一堵堵监视的水泥墙。这座不知是现代还是后现代的建筑,传说是会展中心,而我看着就是墙,没有了摩天轮的通透梦幻,换之以砖红瓦会的凝重。
 
  非了非了,面貌全非了。而生活其间的人们,依然营营终日。实在,我们需要的只有脚下这方寸之地而已。
 
______________ 懐かしい 一日 ______________
 
 久しぶりにぼけちゃったので、トランクを空港バスに忘れちゃって、取り戻しに懐かしい元空港、広外周り観光ができた。
 
 公安局広州支局へ行くために、まず大学経由。西門から北への道側に店いっぱい、そのほとんどもレストラン。相変わらず広外周りは美食世界だね。
 
 それから、機場路にある元白雲空港。入り口まで工事で封鎖され、タクシーをもう一度回させてからやっと航空会社団地から入ることができた。トランクのことを電話で聞いたら、カウンターのお姉さんは出発庁側にいるっていったので、運転手さんはサーと昔のまま国内出発のほうへつきこんじゃって、静かで埃だらけにかぶられたガラスドアたちだけだった。後は、国内ではなく国際出発側だといって、またもう少し戻ってきたが、どこへ行っても私たち三人しかいないので、ますます元空港の静寂や寂しさが目から心までうつられてきた。ヨモギも高くなり荒くなり、ゴミが散らされ、さびでぼろぼろになった車止め、また、ドアずつぶら下がっている黒い錠、一々しっかりかけられている。国内出発と国際出発の間に、小さな鉄格子玄関があった。ちょっと足を伸ばして見てきたが、古びた建物以外、車一台だけとまっている。屋上に錆かペンキかわからない赤色楷書文字が立たれ、「機場賓館」って。こんなところに分館があることはほとんど誰も知らないでしょう。
 
 その後、北野君の言った面白い新市と通って、自家に戻った。埃に物静かなホーム。机もいすもソファーも鏡もすべても3月のまま。琴柱を取ろうと思って、たんすの上から琴箱を下ろしてきて、琴柱はまだまだ大丈夫らしいが、調音器は溶けた電池に滲みこまれて壊れちゃった。まだあまり使ったことがないのに、ごめんなさい。札幌におキクができたせいか、今目に映る筝はどこか物足りないような気がして、ちょっと…
 
 後は、出産のおめでとうに霞ちゃんの九階にいる家を上った。お母さんも赤ちゃんもすごく元気で、顔も目もまるくグルグル回ってる。ずっと見られてたよ、やはり今年子供にもてもてね 霞ちゃんは極普通普通の道をたどってきた、またたどっていく広東女性像。うるさくいろんなことを悩んだり考えたりしている私たちが、その暮らしを眺めて、しみじみと簡単で素朴な生活の幸せさがわかる。
 
 うちの住宅地の管理員お兄さんはもう私の顔を覚えていない、どこのだれと聞かれた。「私はあなたを知ってますよ」って言い返した  お兄さんは閉口しまった。
 
 広外圏を離れるのは必ず東方学園を通る。そこも記憶あふれの話題になった。だが、今日、観覧車がたっていた所に巨大な泥紅色&コンクリート色の壁壁が入れ替わった。新たな展覧センターはここにいるそうで、それはどうでもいい。透き通って空の果ても見えるような観覧車から硬い建物の巨大壁になるなんて、ちょっと気が詰まった。
 
 変わりつつある。すべても。文句も感傷も自分勝手にいっぱい話せるけど、手の伸ばせるのは足元ほかはないでしょう。
 足元注意。
 
2月1日

広州にて

 
 北京の分も書いてないのに、すでに広州に来ました。現代交通の便利さはときどき人を迷わせます。
 午後4時半、私はまだ武漢上空にいたごろ、M2の提出期限がついた。大変でしたね。お疲れ様~~
 
 いろいろ思った。手書きものも何ページ書いた。でも、なんかまだばらばらで、まとまってないような気がする。週末実家に帰ってから、よく片付けられるでしょうかね。
 
 広州は23度。だいたい自習室+80%湿度+空気を通す=広州。面白いでしょう、広州=窓をあけた1314室よ。すると、自習室での格好で町中を歩いた、緑の広州。
 
 やはり、今日はお祝いの日ですね。ご完成おめでとうございます!
 
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  步履匆匆,还没来得及写北京见闻,已经身在广州。最对不起的应该是HL吧~~
  下午3点半,我在武汉上空,二年级论文提交结束。想想众人结束暗无天日生活的表情,在飞机上笑了。大家辛苦了。
 
  思绪还是很乱。在飞机上写过很多东西,却仍然理不清头绪。周末回到家里,不知道是不是能清楚一些?
 
  “广州地面温度23摄氏度”空姐如是说。走出到达厅,深吸一口气,得出结论,自习室温度+80%湿度+通风=广州。原来广州约等于开了窗的1314室,真是有趣。难怪我可以一身札幌打扮走在广州街头。机场高速西侧芭蕉林尽头的天际,夕阳正争破阴霾的笼罩给污旧的白云区披上一层粉红的晚纱,那样勉强,像是个乡村姑娘抹上些许腮红,遮掩不住双颊的雀斑。
 
  雪白的札幌  枯黄的北京  墨绿的广州
 
  今天是大日子,恭喜各位脱离苦海!